
ヴェネチアビエンナーレは1895年に世界初の国際芸術祭としてスタートして以来123年の歴史をもち、今年は第58回ということでかなり長い歴史をもった最も注目すべき芸術祭のひとつ。建築展の方がイメージが強いかもしれない(のは私が偏った建築学科で教育を受けたからかもしれない)が、建築展が初めて開催されたのは1980年ということでかなり新しく、一般的にヴェネチアビエンナーレという時は、アートの方を指すそうなのでご注意を。建築展がスタートしてからはアートと建築が毎年交互に開催されている。
初めての訪問のため、例年との比較といった考察はできないのでお手柔らかに。〈今年は〉という観点でレポートできればと思います。
/ヴェネチアビエンナーレの構成
まず、ベニューについて。Arsenale(アルセナーレ)とGiardini(ジャルディーニ)の2カ所がメインのエリア。水上バス:ヴァポレット(ヴェネチアの交通機関)で1駅、徒歩でも10分弱の距離感だ。それなりにしっかり見ようとすると、この2エリアだけでも3日は必要だろう。
1.ナショナルパヴィリオン (venue:Giardini+ヴェネチア市内に点在)
ビエンナーレは「アートのオリンピック」と呼ばれることもあるらしいのだが、その理由の1つはナショナルパヴィリオンの存在だろう。メインベニューの片方、ジャルディーニには各国の常設のパヴィリオンが立ち並び、建築のショーケースのようにもなっている。一部の国はアルセナーレにパヴィリオンがあり、常設をもたない国は、アルセナーレの一角やヴェネチア市内のユニークベニューを展示の期間だけ借りて展示を行う。
ジャルディーニはパヴィリオンが点在する公園といったイメージのエリア。奥の建物はギリシャのパヴィリオン。手前のオブジェ?も、今回のためにデンマーク出身のアーティストJeppe Heinによって制作された遊具のような作品。その名もModified Social Benches。パブリックスペースからどんどんベンチが無くなっていることに気づいた作家が2005年から制作している作品をヴェネチア仕様に。遊ぶことも休むこともできるベンチで、人はどう行動するのか?偶然居合わせた人とはどんなインタラクションが引き起こされるのか?
2.ディレクターによるテーマ展示 (venue:Arsenale+Giardini)
ビエンナーレのディレクターには毎回異なる人物が選出される。そのディレクターによってその年のテーマが決定され、テーマに沿ってキュレーションされた大規模な展示がアルセナーレとジャルディーニのCentral Pavilion(国に紐づかないパヴィリオン)の2カ所で開催される。
アルセナーレのテーマ展示のメイン会場入口風景。手前の絵画作品は、NYを拠点に活動するGeorge CondoによるDouble Elvis。かつてウォーホルに師事していたCondoが、ウォーホル初期の作品に登場するElvisを題材にしながらも、銀幕の栄光を描いた彼とは異なり、アルコールに溺れる奇妙な2人のキャラクターとして、低俗な生活を営む人々の栄光を描く。
3.Collateral Events
ビエンナーレの公式マップには、上記1・2のメイン且つオフィシャルの展覧会以外にも、ヴェネチア市内で開催される展覧会の情報も掲載されている。現地のギャラリーによる展覧会がほとんどのようだが、ベニューが市内に点在しているので、ここまで全部網羅しようとするとかなり時間がかかりそう・・・
/Theme 2019: May You Live In Interesting Time
今年のディレクターは、Ralph Rugoff。アメリカ出身のキュレーターで、ロンドンのHayward Galleryでディレクターを務める。1)彼が掲げる2019年のテーマはMay You Live In Interesting Time(数奇な時代を生きられますように)2)。このフレーズは欧米の政治家が繰り返し引用してきたものらしいのだが、そもそも最初に聞いたイギリス人が中国の呪いと勘違いしたところに端を発する言葉という曰く付きで3)、婉曲的に真実だと思われていることの危うさをも問うテーマであると言える。(フェイクニュースも関心の1つであることは言うまでもないだろう。)ブレクジットへの不安、イエローベスト運動に代表される労働者による戦い、ポストコロニアルに関する議論、一方でヨーロッパに吹き荒れるナショナリズムの波・・・視線をアジアに広げるとまた別の問題がいくつも挙げられるだろう。次から次へと危機的問題が世界中で絶え間なく勃発する、そんな〈数奇な〉時代を生きる我々にとっての「ガイドのようなものにアートはなりうる」という希望がこめられたテーマとなっている。
/コンテンポラリーな「ビエンナーレ」とは何か?
Rugoff氏はかつて「ビエンナーレの機能は時間を測る、時計のようなもの」という言葉を残している。では、その時代精神(zeitguist)を今回の展示ではどう見せていくのだろうか? artnetの記事4)を参考にしながら、実際に見て感じたキーワードを抽出してみたいと思う。
1.「生きている」作家による、「生きた」展示
美術館に〈収蔵〉されることは、墓場に行くようなものという見解もある。というのとは少し違う話かもしれないが、contemporary(同時代的な)アートというからには、我々と同時代を生きるアーティストによって制作された、時代の鏡となるような作品が展示されることは重要な要素である。今年は、90年代生まれの若い作家を含む79組83名が全ての生きている作家である。また文字通り「生きた」作品と言えば、昨今のトレンドである「体験型」アートや、パフォーマンス的側面の強い作品の動向も期待される。
2.喜びも批判的思考をも包括する現代アートの社会的機能とそのキャパシティ
時代性という言葉で片付けてしまってはならないが、参加作家のジェンダー、セクシュアリティ、障害の有無などの偏りを是正することも1つのテーマとなっており、出展作家の男女比を半々にすることが目標とされていた。日本でも、8月1日からスタートするあいちトリエンナーレ2019において参加作家の男女比1:1がステートメントとして掲げられており、世界的な#MeTooムーブメントへの応答と言えるだろう。もちろん、作家リストに多様性をもたせるために、枠を設定するようなことをしてしまっては本末転倒なのだが、多様なバックグラウンドやアイデンティティをもつ作家の作品に触れることは、世界のどこか誰かの個人的な喜びや、深刻な現実の数々をほんの少しだけ自分の身体を通して理解することに役立つはずで、きっとそれが現代アートが担う社会的機能の1つなのである。
3.〈数奇な〉時代を生きるアーティスト自身の多面性
今回の最大の特徴は、同じアーティストによるタイプのまったく異なる作品を、2つのベニューそれぞれで展示するという試みだろう。ディベート用語で「論題」を意味するpropositionという言葉を用いて、アーティスト自身のProposition Aの作品をアルセナーレに、Proposition Bの作品をジャルディーニのCentral Pavilionにといったように展示を行う。同一人物が内包する、時に矛盾や葛藤を孕む複数の視点を見せようとする挑戦的な試みである。1人の作家に割くスペースが増えたことで、出展作家の数自体は以前に比べてかなり減ったということだが、ともすれば〈作家〉が見えづらくなりがちなグループ展において、1人の作家の複数の作品に出会えるということは、〈作家〉や彼らの世界の見方を理解するのにかなり有効な手法と言えるだろう。
ビエンナーレレポートは、次の3編に分けて引き続きまとめていきます。
-テーマ展示編
-ナショナルパヴィリオン編
-まとめ編
その前に糖分と水分を補給!
参照
1)artnet Hayward Director Ralph Rugoff Chosen as Artistic Director of the 2019 Venice Biennale (published on 15.12.2017)
2)ARTiT 第58回ヴェネツィア・ビエンナーレ、タイトル発表 (published on 20.07.2018)
3)artnet The 2019 Venice Biennale List Is Out. See the 83 Artists Participating in Ralph Rugoff’s ‘Interesting Times’ Edition (published on 07.03.2019)
4)What Can We Expect From Ralph Rugoff’s Venice Biennale? Here Are 7 Takeaways From His Curatorial Vision and Artist List (published on 18.03.2019)
※閲覧日はすべて、27.07.2019,28.07.2019
*現地で小冊子として配布されているブローシャーはこちらからダウンロード可能。