Hotel Il Palazzo

アルド・ロッシと言えば、門司港ホテルを思い出す。門司港は、祖父母によく遊びに連れて行ってもらっていた場所で、洋館が多く残り、どこか日本っぽくないというか、外に開けた香りの漂う港町の雰囲気が好きだった。駅舎は変わり、そこにあった大正感漂うしゃぶしゃぶ屋ももうなく(ここ以上に薄い肉は食べたことがない)、祖父母とそこで過ごした幼い頃の記憶の断片を見つけることができる場所も少なくなってしまった今、門司港ホテル(現・プレミアホテル門司港)を見ると懐かしく思う。こういう「モダン」な場所に行く家族ではなかったので、門司港ホテルに一度も足を踏み入れたことはないけれど。

もしかしたら、初めて見た「デザイナーズ」はここだったのかもしれない。そんな背景でポスト・モダンは幼い頃の記憶とリンクする懐かしさを覚えずにはいられないし、ニッチではありながらポスト・モダンなムードが俄かにリバイバルしていることもあり、2023年にリ・デザインとしてリニューアル・オープンしたホテル「イル・パラッツォ」には、ずっと行きたいと思っていた。

「イル・パラッツォ」は、20世紀を代表する世界的な建築家イタリア人のアルド・ロッシと、日本を代表するインテリアデザイナー内田繁がタッグを組み、博多の歓楽街・中州に1989年に開業したホテル。当時は、エットーレ・ソットサス、ガエターノ・ペッシェ、倉俣史朗、三橋いく代、田中一光など、世界的なクリエイターが参画し話題になったという。バブル真っ只中の時代に、100室以下の「小さなホテル」[1]を目指していたことは、とてもヴィジョナリーだ。また、日本初のデザインホテルでもあるのだとか。

中州の歓楽街を通り抜け、大型パチンコ店の角を入った先に、このポスト・モダン建築は出現する。まず、この建物のファサードには窓がない。ふつう、ホテルのエントランスと言えば、フロントやラウンジがよく見渡せる、オープンネスとか開放感とか、透明性の高さ?が基本だが、そういう要素は一切ない。通用口かと思って近づいた小さな間口がエントランスで、真っ昼間から、ナイト・クラブさながらの黒服に金アクセサリーのいかつめのスタッフに出迎えられる。(カジュアルにHello!と挨拶されて拍子抜けするのだが[2])宿泊者である旨を告げ、ドアを開けてもらう。地下1Fのフロントへ繋がる真っ青なパッサージュ。奥には一輪の赤い薔薇。艶やかさに眩暈がする。

ここで一晩、くつろぐことができるのだろうか…荷物を預けて、ひとまず出かける。

夕飯前に一度チェックインするためにホテルに戻る。フロントもラウンジもどこにも窓がないことに、まだ閉塞感を感じながら、エレベーターで客室の階に上がる。いつも、東京とかパリとかの信じられないほど狭いのに普通に高いホテルばかり予約しているので、一番コンパクトな客室でも27㎡という空間の広さに開放感を感じて少しホッとする。

滞在で一番楽しみにしていたのは、このホテルを代表するラウンジ「エル・ドラド」。予約内容に含まれている「オールデイダイニングブッフェ」の雰囲気が分からず、フィンガーフード数種類がウェルカムフード的に置いてあるだけだろうと期待せずに行ったら、しっかり夜ご飯になるブッフェだった。品数は朝食ブッフェくらいでそんなに多くないのだが、宿泊客以外にも事前予約をすればウォーク・インのゲストも利用できるようで、小学生くらいの子どもがいる家族連れが数組いたのが印象的だった。デザートもたくさんあるブッフェで、好きなものを好きなだけ食べられるブッフェスタイルは、特別感もありながら、家族連れにうってつけなのは納得だ。広々と天井の高い空間なので、子どもが賑やかでもうるさく感じず、こんなに大人なムーディーな空間なのに、ファミリー・レストランのような温かさもあって、不思議とひとりでずっといても居心地が悪くならない。

ラウンジの中央には内田繁が晩年に手掛けたインスタレーション作品「Dancing Water(ダンシングウォーター)」が配置されている。ゆらゆらと揺蕩う水面が、天井に光の模様を生成し続ける。赤と白のボーダーの絨毯に、パンチングメタルのウォールライトが、アーチ状の天井に模様を描く眩いコリドーを通り抜け、部屋に戻る頃には、このスペーシーな空間にすっかり寛いでいることに気づく。日本人的には、バスタブがあること、さらに身体を洗う場所がセパレートされていることがとても嬉しいポイントなのだが、浴室に調光がついているところに、建築全体に通底する水と光へのセンシビリティが伺える。

色が生み出す豊かな陰影や、形や質感と戯れながら、巧みに操られた眩い光に包まれる安心感。よく考えたら、このロケーションでは、窓があっても現実に引き戻されるだけで、楽園とは程遠い景色だっただろうが、窓がない閉鎖的な空間であることによってむしろ、胎内/体内のイメージが膨らんでゆく。透明で、明るすぎて、晒されすぎる現代(建築)とは対極にあるようだ。

都市に対しては無慈悲な面構え(ファサード)のように見えながら、素材について熟考された内部空間(インテリア)にアドルフ・ロースを思い出したりしながら…


[1] https://mag.tecture.jp/feature/20240118-ilpalazzo/

「当時の時代背景として、ニューヨークではイアン・シュレーガーたちが従前とは異なる全く新しい価値観のホテルをつくろうとしました。その動きを踏まえ、小さなブティックホテルでも街を変えられる可能性があると内田は考えていた。」

[2] 外国人スタッフが多い。恐らく日本人より外国人のお客さんの方が多いからだろうか、まずは英語で話しかけられる。日本人だと見わけて、日本語の場合に限ってやたら丁寧にされるよりも、国籍不問の旅行者として接してもらう方が心地よかったりする。

  1. Il Parazzoのシグネチャーであるグリーンの箱はウェルカムギフト。グリーンの正方形が、ポストモダンな家具の一部のようなアクセントを空間に添える。
  2. 福岡・平尾のセレクトショップ「Tlalli」。The Row、LEMAIRE、HED MAYNERなどクオリティにこだわるブランドが揃う。YKKの工場をリノベーションしたという開放的な建物。内装はコテージを思わせる牧歌的で気持ちの良い空間。随所に残る機械の痕跡が、時間の重なりを感じさせる。今は文字通り幻となってしまった、南青山のセレクト・ショップCottage by Optitudeの記憶が重なってノスタルジックな気分に…
  3. 福岡・薬院の「本屋青旗 Ao-Hata Bookstore」。コンパクトな店内ながら、インポートの気鋭なアートブックや雑誌から国内のインデペンデント・パブリッシャーまで幅広くセレクト。古書の本棚は、ご退官された教授から譲り受けたという。古書の棚からタイポグラフィーの本を1冊。昔は、文字は誰もが扱えるものではなく、聖域のようなものだった。その時代のタイポグラフィーにはどこか霊的な、魔術的なオーラが漂う。タイポグラフィーと言えば、先日の「情熱大陸」での書体設計士・鳥海修さんの特集も記憶に新しい。

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