
日本のモダニズムを代表する建築家のひとり、吉村順三が手がけた熱海の個人邸が、デニムブランドTu es mon Tresorのサマー・レジデンシー・ショップとして限定公開されています。(要事前予約)

Tu es mon Tresorデザイナーの佐原氏が、この邸宅のリノベーション(家具セレクト?)に携わられたことで実現した企画だそうで、衣・住のホリスティックなビジョンが提案される空間は、コルビュジエ、ジャンヌレ、ミース、丹下健三、剣持勇など、竣工年の1977年に再訪するように収集された錚々たる巨匠のモダニズム家具の名作で彩られます。やや懐古主義にも思えるモダニズム・リバイバルのトレンドではありますが、この建築の中心であるリビング・ダイニングに配されたブラジルのモダン・デザインの巨匠ホアキン・テンレイロ(Joaquim Tenreiro)による優美な曲木のダイニング・チェア、そして温かな光を宿すようなイエローのソファがキー・ピースとなって、軽快でフレッシュな空気が取り込まれているのが印象的でした。


周囲のノイズを自然に遮る柑橘類を中心とした樹木に囲まれた庭から海を望むピクチャー・ウィンドウ、赤い絨毯の色を天井に映し出す三角形の天窓、階段に落ちるスリットの光など、〈光〉はこの建築の中で、いやここに限らず建築を考える上でもっとも根幹にある要素ですが、障子がこの空間の規範となっていることは特筆すべきことでしょう。畳は(少なくとも現在は)ここに無いのですが、畳と障子という可変的な日本建築の空間意識が、障子や開口部というディテールに宿っているのです。コルビュジエのモデュロールへの呼応という以前に、障子を通して漂うやわらかな光に包まれ、それを肌身に纏う時、空間意識は日本人として無条件に目覚めるのかもしれません。


レジデンシー・ショップでは、Tu es mon Tresorの定番の10数型のデニムコレクションに加え、草木染めの特別コレクションが紹介されているのですが、ヨモギや柿渋、希少なウメノキゴケから抽出された繊細なニュアンスの色は、復刻・新調されたカーペットの色味との共鳴も感じさせます。この衣装部屋だけ、他と少し雰囲気が異なることにお気づきでしょうか?機能美の追求だけではなく、装飾的な面影も覗かせるデニムの思想をアール・デコの家具が物語る特別な一部屋となっていました。


さまざまなヴィンテージが並ぶ中で、最新のデニムコレクションともうひとつコンテンポラリー[同時代的]な要素として見過してはならないのが、 NY在住の写真家ジェナ・ウェストラによる写真作品。椅子・壁といった構築物と身体を等価に扱うような構図、複数の身体の関係性を再構築する作品は、バレエ・メカニックなどバウハウスのダンスの動きをどこか想起させ、異なる時代にありながら、モタニズムを再訪するこの空間と絶妙な調和をもたらしています。

過去を再訪しながら再解釈され、生まれ変わるこの建物の象徴として、客人を出迎えるエントランスの壁面に飾られるのは、シャルロット・ペリアンによってスキーリゾートLes Arcsのために設計された洗面道具用のキャビネット。場所を移し、本来の機能や意味から切り離され、読み換えるように配置された[転置]抽象的なオブジェは、1977年よりさらに時代を遡って、日本の50年代の具体美術にも思考を巡らせるインスピレーションにも満ちているように感じました。

2階の子供部屋として使われていたという場所には、竣工当初からのものだというビルト・インのソファが残されています。アニ・アルバースのデザインを彷彿とさせる美しいテキスタイルと、そこに微かに残ったシミだけが、この建物の1977-の記憶を知っているのでしょうか。

サマー・レジデンシー・ショップ「1977-」
一般公開日:2022年5月28日(土)、29日(日)、6月4日(土)、5日(日)、7月23日(土)、24日(日)、8月27日(土)、28日(日)
場所:〒413-0101 静岡県熱海市上多賀 ※詳細住所は予約後のメールにて記載

