どうやっても、ぐらつくもの — 2025年バッド・バイとベスト・バイ

2025年のバッド・バイは、どうやってもぐらつくスチール・ラック。

梱包状態の軽やかさに、これでこのサイズのラックができるの素晴らしい!と感心したのも束の間、開封するにつれて膨らむ不安。やっぱり柱も棚板も心もとない…ペラペラな部材を、しかもジョイントのデザインもこれではもたないのでは?と疑心暗鬼で組み上げてみたけど、どうやったってぐらぐらする。かろうじて自立しているけど、とても何かを乗せられる状態ではない…また引っ越しは諦めて、せめて家電と収納を新調しようという師走の試みも失敗して、悲しみに暮れつつ、あまりにも今年を象徴する一品で笑ってしまった。

この棚みたいに、どうしようもないものもある。構造や仕組み的に無理なものを「なんとかしよう」とすることにはもう疲れた。構造や仕組みを根本的に変えない限り、表面上どうにかしたところで、やればやるほどもっと手をつけにくくなっていく。どうにもならない棚は返品して、2025年のいろいろを清算したところで、ベストバイに行ってみよう。

1/7 IKEAのガーリックプレス

ベストバイをまず考えた時に、思い浮かんだのがこれでした(笑)。朝お弁当を作る時間が確保できたら、夜の仕込みを同時にしてしまうのがとても効率的で、習慣化したいところ。いつ仕事が終わるか分からない半日後の自分を救うのは自分しかいない。ただ、朝料理することの問題は、手についた匂いが一日中気になること。こういう調理便利アイテムって、結局あまり使わなかったりするし、道具としての美しさを妥協している感じが許せず、買うかどうかいつも悩む。でも、699円ならお試し価格ということで、そんなに期待してもなかったけど、よく潰れる!ワンプレスで微塵切り状態になって感動。あと、ちょっと古くなったニンニクって、外皮をむいても、表面が乾燥して、どこまで剥けばいいか分からなくなることありませんか。そんな時も、とにかくこれでプレスしてしまえば、硬くなった薄皮の部分だけが残ってくれる。オールステンレスのソリッドなデザインと洗いやすさも最高です。

2/7 Swedish Graceの本

お部屋のインテリアは、いろんな国や時代のもの織り交ぜることで、「何かっぽさ」から逃避しているつもりだけど、やっぱり「今」の時代の影響は受けるし、偏りはどうしても出てしまう。オランダ・デザインの素朴さを中心に、フレンチ・デザインのユーモアで彩り、そしてスウェーデン・デザインのミニマルで構築する。magnibergの寝具に、Fredrik Paulsenデザインのパイン材の椅子(vaarni)は、生活に欠かせない。北欧デザインの「シンプル」や「ほっこり」の奥にある、「ハードコア」は何処から来るのだろうか。

いつだったか、フランスのインテリアデザイナー、ピエール・ヨヴァノヴィッチが南仏のシャトーを改装して暮らす邸宅の記事(kinfolk)を読んで、「Swedish Grace(スウェディッシュ・グレース)」という1920年代のアールデコ様式の分派があることを知った。建築と家具を中心に、この時代のデザインの動向が604頁にも及び綴られる本書には、ストックホルムの名建築であるラグナル・エストベリの市庁舎やグンナール・アスプルンドの図書館を始め、この動向に欠かせないデザイナーであるアクセル・アイナル・ヨルトの作品も収録されている。スウェーデン語で書かれていることを言い訳に、1年積読してしまったけど、コーヒーテーブル・ブックとして、ページをめくるだけでも楽しめる1冊。アールヌーヴォーとアールデコの狭間にあるデザインが気になる。

いつだったか、フランスのインテリアデザイナー、ピエール・ヨヴァノヴィッチが南仏のシャトーを改装して暮らす邸宅の記事(kinfolk)を読んで、「スウェディッシュ・グレース」という1920年代のアールデコ様式の分派があることを知った。建築と家具を中心に、この時代のデザインの動向が604頁にも及び綴られる本書には、ストックホルムの名作建築であるラグナル・エストベリの市庁舎やグンナール・アスプルンドの図書館を始め、この動向に欠かせないデザイナーであるアクセル・アイナル・ヨルトの作品も収録されている。スウェーデン語で書かれていることを言い訳に、1年積読してしまったけど、コーヒーテーブル・ブックとして、ページをめくるだけでも楽しめる1冊。アールヌーヴォーとアールデコの狭間のデザインが気になる。

3/7 アール・デコなシルバー・プレーテッドのトレイ

シルバーのあの繭をまとったような柔らかくて眩さに目がない。機会があれば蚤の市に通って、シルバーのアイテムを少しずつ集めている。ブリュッセルでいくつか見つけたもののうち、日常的に使ったこちらが2つめのベストバイ。ブリュッセルの蚤の市といえば、ジュドバル広場(Jeu de Balle)のものが有名だが、サブロン骨董市(Marché grand sablon)は、蚤の市というよりはちゃんとしたディーラーがほとんどで、お店の数は少ないものの、クオリティの高いアイテムを見つけることができる。その分、お値段が張るものも多く、円安のお財布事情には厳しい。たまに質問してみたりしながら、1~2時間ぐるぐる見て回ってたら、どのお店でも値札より安い金額でオファーしてくれた。訪れた日は、小雨の肌寒い日で、客足もほとんどなく、このトレイを買ったお店で店番してたお兄さんなんか、暇すぎてずっと自転車のメンテナンスをしていたほど。値切り交渉はハードル高いけど、「何回も顔を見せる」ことで本気度を示す術を身につけた。蚤の市は一期一会な上に、特にカトラリーはセット売りしかされていないことが多く、同シリーズでカトラリーセットを揃えることは、このペースで通っていては一生かけても無理だろう。アール・デコなテーブルセッティングを夢見つつ、このトレイに自分ひとり分のカトラリーセットを設え、朝食の楽しみに。

4/7 ヴィンテージのコスチューム・ジュエリー

「一生もの」も少しずつ集めていきたいお年頃。洋服はどうしても摩耗してしまうものだし、身体の変化によってサイズが合わなくなる可能性は避けられないので、バッグ、ジュエリー、時計に行き着くのは理に適っている。その場合のジュエリーとは「ファイン・ジュエリー」のことを指し、その価値や象徴(シンボル)としての「揺るぎなさ」こそが、欲望を掻き立てるのだろう。

でも、私と言えば、結局一番お気に入りで毎日のように身に付けているアクセサリーは、大学生の時にpass the batonで見つけたヴィンテージのコスチューム・ジュエリーのイヤリングだったりする。多分、この時代の雰囲気のデザインが好みなんだろう。それに、10年以上も愛用していると、色んな思い出が宿ってきてしまう。身体の動き、移動とともに、光や温度、空気感といった常に移ろう周辺環境と戯れながら、チャーム[charm: 魅力、お守り、呪文]として身体の一部になるもの。そこまでの関係性を想像できるものに、そう簡単に出会うことはできず、久しぶりにコレクションが増えたのでベストバイにしてみました。

イヤリングは上述のサブロン蚤の市で、マダムから譲って頂き(2つで35€のMix & Match)、ブレスレットはパリのヴァンヴ蚤の市(Marche Aux Puces de la Porte de Vanves)で、ごちゃごちゃしたケースの中から発掘したもの(40€)。

ヴィンテージ、つまり1点物の「希少性」を求めてしまう点では、ラグジュアリーのファイン・ジュエリー欲とつまるところ同じなのかもしれない。でも、ジュエリーがそもそも個人ひとりひとりの内面や記憶を留めるものだとしたら、とてもプライヴェートなもの。単なる表層的なものではない「装飾性」の自由研究も2026年は進めていきたいところ。

5/7 RMKのスキンケア

秋色のコスメを新調するために伊勢丹に行ったら、一度メイクを落とし、スキンケア一式からやり直して、肌を作り直してくれた。Wトリートメント クレンジングバーム(左)を肌にのせ、溶かすようにくるくると優しく肌をマッサージしていくと、気になっていた夏の肌のざらつきが一気に解決されて感動!汚れを取り除いた肌に浸透させるWトリートメントオイル(写真の青色は夏限定のクール、定番商品の現行品は黄色)は、カルピスのような香りに癒される。ビューティー・アイテムに関してはめっぽう疎いのだけど、だからこそテクスチャや香りに誘発されてケアしたくなるというのは大切。

6/7 オースティン・オスマン・スペアのタロット本

今年は春に旅行で1回、秋に出張で1回、大好きなベルギーに訪れることができた。それだけで1年に感謝した方がいいですね。ブリュッセルにあるアート・ブックショップSaint Martin Bookshopは、春に訪れた時は、閉店間際だったこともあり、地元の仲間のような人たちが、これから飲みにでも出かけそうな雰囲気で、オーナーさんと話し込んでいた。大型犬を連れて。ベルギーは服屋もどこでも犬を連れて、そんな暮らしぶりが、またこの街を好きにさせる。オーナーとそこに訪れる人の佇まいに、老舗なんだろうと思っていたけど、コロナ禍中にオープンした場所であることを、秋に案内してもらった時に知る。この場所に見覚えがある人はいるでしょうか。「Martin」という名前が仄めかすように、Martin Margielaの店舗の跡地なのです。Margielaの閉店後、しばらくそのままになっていたところ、現オーナーの辛抱強い交渉によって手に入れたのだとか。可能な限り、当時の姿をそのまま残すマルジェラ本人の時代のインテリアの中で、貴重な年代物のアートブックから、最新のアート、ファッション、デザイン、建築の書籍まで、少数精鋭ながらエッジの利いた本に出会うことができる。

春は建築の雑誌ACCATONEを見つけて、秋に気になったのは「タロット」の書籍『Lost Envoy(失われた使徒)』。本書は、芸術家/神秘主義者として南ロンドンで活動したオースティン・オスマン・スペアAustin Osman Spare(1886 – 1956)のタロットを、カード占いやタロット占いの歴史を参照しながら、学術的に分析しながら、旧来の「オカルティズム」の権威主義的だったり、訝しげだったりする階層構造からの脱却を試みるもの。神秘主義と言えば、ヒルマ・アフ・クリントの回顧展も記憶に新しい。「占い」とか「オカルト」的なものを、どう「カルト」的なものではなく、現実空間と平行する「ここではないどこか(ヘテロトピア)」の思考実験、あるいは仮想空間としてどう戯れることができるかには、とても興味がある。ちなみに、スペアのタロットの特徴のひとつは、カード同士を横にぴったり並べると、図像が連続するものがあることだという。タロットができるようになったら、またひとつ世界が広がりそうだなという期待を胸に、少しずつ読み進めていきたい。

春は建築の雑誌ACCATONEを見つけて、秋に気になったのは「タロット」の書籍『Lost Envoy(失われた使徒)』。本書は、芸術家/神秘主義者として南ロンドンで活動したオースティン・オスマン・スペアAustin Osman Spare(1886 – 1956)のタロットを、カード占いやタロット占いの歴史を参照しながら、学術的に分析しながら、旧来の「オカルティズム」の権威主義的だったり、訝しげだったりする階層構造からの脱却を試みるもの。神秘主義と言えば、ヒルマ・アフ・クリントの回顧展も記憶に新しい。「占い」とか「オカルト」的なものを、どう「カルト」的なものではなく、現実空間と平行する「ここではないどこか(ヘテロトピア)」の思考実験、あるいは仮想空間としてどう戯れることができるかには、とても興味がある。ちなみに、スペアのタロットの特徴のひとつは、カード同士を横にぴったり並べると、図像が連続するものがあることだという。タロットができるようになったら、またひとつ世界が広がりそうだなという期待を胸に、少しずつ読み進めていきたい。

7/7 三嶋りつ惠さんのガラス器

最後のベストバイは、ヴェネツィア・ムラーノ島で、工房のガラス職人とのコラボレーションにより作品を制作することで知られるアーティストの三嶋りつ惠さんの器。(東京都庭園美術館での「そこに光が降りてくる 青木野枝/三嶋りつ惠」展(2024年11月30日 – 2025年2月16日)で作品をご覧になった方も多いのではないだろうか。)

5年ほど前、京都のギャラリー日日に併設する茶寮「冬夏」でお水を頂いたグラスがあまりにも美しくて、亭主に尋ねたところ、三嶋りつ惠さんが特別に制作されたものだと伺い、いくつか販売できるものも残っているということで、ひとつ頂いて帰ったのだった。こういった生活道具を作られる機会はほとんどないということで、二度も器としての作品を拝見する機会があるのは幸運だ。透明度の高さ、のびやかで揺らぎのある面や線には水を、泡に空気を、その厚みに火を、ガラスのマテリアリティに満ちたムラーノ・グラスの美しさ。窪んだ部分に指をひっかけてみたり、両手で包むように持ち上げてみたり、手でかたちを捉え、自然と身体の動きが紡ぎ出されていく。茶席の儀式的な動きも、そういうふうに見つけられたのかな、など想像しながら。口をつけると、ガラスとは思えない柔らかさで唇と溶け合うような感覚を覚えながら、身体の中、水分をぎゅっと保っていた細胞ひとつひとつに、外から侵入してくる水が滑らかに浸透しながら、滞っていた身体に流れが生み出されるような…

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