下りたり、登ったり、回ったり—段々と空間に、都市に浸透していく身体

押出、切断面としての円弧、斜線、そしてジグザグ…

建築コレクティブULTRA STUDIOによる「東京・上原坂道の住宅」を昨年末、内覧する機会を頂きました。その身体感覚を留めておきたくて、年末から少しずつ書き進めていた備忘録。

傾斜地に建つ。足で立つ。その斜めの地面の感覚が、ジグザグのレリーフやパターン、家具や階段のエッジが描く線として、スキップフロアの断面として抽象化されながら展開していく集合住宅。

スキップフロアの段差は、子どもだったらひょいっと飛び下りたり、登ったりしながら、その有り余るエネルギーに大人を困らせてしまうような、大人には飛べるか飛べないか躊躇しそうな高さで、腰かけるとしたら、つま先は微妙に地面には届かない。川縁や山の頂上で、足を宙にぷらぷらさせた時のスリルや開放感、そんな様々な記憶が呼び起こされる。

ぐるぐる回る螺旋階段、現れては消える線、コンクリートの切断面や暗色のステップは、影か陰か段差か、はたまた虚の空間か。方向感覚や位置を見失いそうになりながらも、少しずつ身体がこの空間を捉えていく。空間に身体が「浸透」していくような感覚を覚えながら、虚構(女優としての役)と現実の狭間で、壁さえも擦り抜けていく『イルマ・ヴェップ』1を思い出した。壁が身体を透過していく、3Dモデリングの「押し出し」のような時にしか起こりえないあのイメージ…実際はもちろんそんなことは起こりえないし、アリシア・ヴィキャンデル2の卓越した身体性を持ち合わせているわけでもないのだが、身体感覚が描くフィクションが先行して、その中に住み手それぞれの物語(生活)が展開されていくような空間の可能性を予感させる。

複数のフロアラインが平行する、この空間を垂直に貫通するように差し込まれた抽象的な円筒形のヴォイドこそが、最も身体に近い何かのように感じられる。都市を覆う見慣れた外壁のタイルの質感と、それが室内に引き込まれることで、外と内の境界が曖昧になったり、反転を繰り返したりするという観念的な意味だけではなく、このヴォイドに媒介されるように、虚と実の間に身体が浸透していくような感覚には、不安というよりもむしろ安心感すら覚える。その存在自体が虚構の世界のような都会の中に、身体がここにあるという実感を確かめることができるような…

黒色で縁取られた扉、水色やピンク、モスグリーン、ボルドーなど、緻密に塗り分けられた色づかいからは、バウハウス、コルビュジェなど、モダニズムの名作建築が想起されながらも、素材から完全に分離した色の使い方ではない。木地を透かしたペンキの彩色、同じ色でも木とセラミック、木とベルベットの壁紙(テキスタイル)のように、色とテクスチャを複雑に構築することで、レファレンス(歴史としての記憶)だけではなく、個人的な思い出など、さままざまな記憶を複雑に喚起させながら、この抽象的な空間に温度が与えられていくようだった。

かつてこの敷地の一部に住んでいた方は、90歳を超えてなお、この斜面地を難なく住みこなしていたという。フランスの哲学者アンリ・ベルクソンは「生命には、物質の下る坂を登ろうとする“努力”がある」と言い、福岡伸一はその“努力”の本質を「いのちの動的平衡」と呼ぶ3。運動すること、その適度な負荷や習慣が、身体と精神の平衡のために不可欠であることは、多くの人が実感を通して感じていることだろう。不自然なほどバリアが取り除かれ、工業製品のようなツルツルで、ただ滑り堕ちていくことから逃れられない都市住宅に、楔を打ち込むように、装飾的な、一見「障害」だと思われる要素が取り入れられる。その障害は生活を妨げるものではなく、クライミングのホールドやポケットのように、登るための、生活する:生きるための、手がかり足がかりになるのではないだろうか。

「死なないための住宅」ー 荒川修作とマドリン・ギンズの啓示が22世紀から再び問いかけてくるよう…!4


註釈

  1. フランスを代表する映画監督オリヴィエ・アサイヤスがA24とタッグを組んで製作したHBOオリジナル連続ドラマシリーズ(2022)。本作は、同監督が1996年に製作し、カルト的な人気を誇る映画『イルマ・ヴェップ』のリメイクで、映画『イルマ・ヴェップ』は、ルイ・フイヤード監督の連続活劇『レ・ヴァンピール 吸血ギャング団』(1915-1916)をリメイクするという設定の映画撮影現場を中心に、主役の女優とそれを取り巻く人々の人間模様を描いたもの。つまり、メタ映画のメタドラマというわけである。(U-NEXTで配信中:「イルマ・ヴェップ」↩︎
  2. スウェーデン出身の俳優。映画『エクス・マキナ』では女性型ロボットを演じた。 ↩︎
  3. Dynamic Equilibrium of Life↩︎
  4. 『22世紀の荒川修作+マドリン・ギンズ 天命反転する経験と身体』 ↩︎

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